ホウレン草はシュウ酸含有量が多く、シュウ酸はカルシウムの吸収を阻害することから、リクガメ飼育者からはまるで「毒物」であるかのように忌み嫌われています。
僕はこの現状をとても奇異に感じます。何故なら、シュウ酸はどの植物にも多かれ少なかれ含まれているものだからです。
実際におけるシュウ酸の食害は、たとえば人間が生のホウレン草を毎日1kg以上食べ続けたような極端な食生活において起こるものであり、そのような極端な食生活が害になるのは他の食物でも同じです。たとえばカルシウム代謝に必要なリン酸だって過剰摂取すればカルシウムの排泄を促進しますし、タンパク質を多く摂取すれば同じくカルシウムの排泄が促されます。従ってリン酸の多い実野菜・根野菜やタンパク質の多いモロヘイヤなどでも多食させればカルシウムの吸収を阻害するんです。シュウ酸の量だけに着目してホウレン草を毒物のように忌避するのはナンセンスな話でしょう。量が多いということならリン酸やタンパク質を多く含有する野菜も忌避されるべきものと言わなければなりません。
他にもキャベツ・ブロッコリはゴイトロゲン(甲状腺腫誘発物質)が多いからダメと言われますが、ゴイトロゲンはアブラナ科の植物(小松菜など)には多かれ少なかれ含まれています。キャベツはそれらに比べて含有量が多いのですが、それだけで忌避すべきだというのは短絡的過ぎます。ゴイトロゲンの作用は人間にとっても同じであり、その人間はキャベツを常食していますが何も問題視されていません。そもそも野菜としてのキャベツは品種改良によってゴイトロゲンの量は問題無いものとされているんです。これが芽キャベツの場合にはキャベツの20倍ほどのゴイトロゲンが含まれているため人間においても常食多食は避けるべきだと言われますが、逆に言えば通常のキャベツのゴイトロゲン量は芽キャベツに比べてはるかに少なく問題にならない量であると言えるわけです。
またキャベツ・レタス・白菜などは水分ばかりで栄養が無いからダメだという説もありますが、これもまた奇妙な話です。一方ではカメを健康に綺麗に育てるには牧草などの「粗食」を与えるべきとも言われており、この2つの考え方は全く相反します。牧草であれレタスであれそればかりを食べていれば栄養不足になり得るかもしれませんが、給餌の一部として与えることに問題があるとは到底思えません。
このようにリクガメ飼育においては様々な理由で忌避されている野菜が存在しますが、そのような考え方の方がむしろ問題なのではないかと自分は思っています。そのような考えの行き着く先は「良いと言われる物のみを与えようとする風潮」であり、これがむしろ偏った食生活を招いているのが実情だと思うのです。
たとえばリクガメ関連のサイトなどを見ていると、明らかに毎日同じようなものを与えている例が多々見受けられるのです。確かに小松菜やチンゲン菜はバランス的に優れているように思いますが、そればかりを与えていればその食べ物の栄養バランスに偏ってしまいます。小松菜もチンゲン菜も栄養バランスを保障されたサプリメントではないのですから、そのような食生活はむしろ害になるでしょう。食餌のバリエーションとしてホウレン草やキャベツを与えることはむしろ利の方が大きいと自分は考えています。
一般的にリクガメには5Ca/P(Ca/Pはリン酸1に対するカルシウムの量)が良いとされ、この数字がひとつのバランスの指針と考えられていますが、それのみを考え他に考えが及んでいない例も多々あります。たとえば5Ca/Pに近いモロヘイヤは理想的な野菜のひとつと考えられていますが、実はタンパク質が極めて多いことが忘れられています。タンパク質が多くなると尿素の量も増えるため同時にカルシウムの排泄が促され、それによって5Ca/Pのバランスは崩されてしまいますし、タンパク質が多い食餌は全ての生き物にとって致命的な高タンパクによる腎臓障害を引き起こしかねません。
そもそもリクガメの栄養バランスをCa/P比という一面的な数字で考えること自体に無理があるんです。たとえCa/P比が同じ食餌でもそれらに含まれる「カルシウムの吸収を阻害する物質の量」が異なれば、それらに影響されない「実効カルシウム量」も異なるため、実質的なCa/P比もまた異なってしまうのです。たとえば小松菜はリン酸・シュウ酸・タンパク質共に少なくカルシウムバランスに優れていると言えますが、同様のCa/P比であるモロヘイヤはシュウ酸・タンパク質の含有量が遥かに多く、Ca/P比が同じでも実質的なカルシウムバランスは小松菜よりもかなり悪いのです。このように数字上のCa/P比はとてもあやふやなものであると言わざるを得ません。カルシウムひとつを取ってもリン酸・シュウ酸・タンパク質等とのバランスを総合的に考えなければならず、それらのバランスに関してははっきり言って未知数です。そして亀に必要な栄養素はカルシウムだけではありません。
悪い面の影響の無い「完全無欠な野菜」など存在しません。さまざまな影響があることを踏まえた上で、その影響を最小限に留めつつ栄養バランスを偏らせないよう「より多くの種類を与え、同じものの多食を避ける」ことを心掛けるべきだと思います。あれはダメこれはダメと避けてしまう風潮こそが最も問題であると自分は考えています。
※ そもそも僕は「主食」という考え方自体が誤りだと思っています。人間の主食は米や小麦などの炭水化物であり、これは運動のためのカロリーとして常食しなければならないものですが、カロリーの多くを熱に依存する草食のリクガメにおいては小松菜やチンゲンサイを主食と呼ぶのは栄養の偏りを指し示す言葉でしかありません。僕は定番とされる野菜でも連続して与えることは絶対にしないようにしています。