1)化学平衡
可逆反応と不可逆反応
・可逆反応・・・右向き、左向きのどちらの方向にも進む反応。右向きの反応を正反応、左向きの反応を逆反応という。
(例)H2 |
+ |
I2 |
2HI |
||
・不可逆反応・・・どちらか一つの方向には進むが、その逆反応は、ほとんど起こらないような反応。
化学平衡
可逆反応において、正反応の反応速度と逆反応の反応速度が等しくなり、見かけ上反応が停止している状態で、エネルギー的に最も安定した状態である。このとき、上の例で、正反応の反応速度v1は[H2]と[I2]に比例することが実験によって分かっている。
v1 = k1[H2][I2] (k1は正反応の反応速度定数)
また、逆反応の反応速度v2は[HI]2に比例することが実験によって分かっている。
v2 = k2[HI]2 (k2は正反応の反応速度定数)
平衡時は、 v1 = v2 つまり、 k1[H2][I2] = k2[HI]2 になっている。
(注意)化学平衡の状態では「正反応の反応速度=逆反応の反応速度」だから見かけ上反応が停止しているように見えるだけで、正反応と逆反応は絶えず起こっている。
化学平衡の例
(例1 電離平衡)
弱電解質の水溶液中では、電解質の一部が電離し、電離してない分子と電離して生じたイオンとの間で平衡状態になる。このような状態を電離平衡の状態にあるという。
CH3COOH |
CH3COO– |
+ |
H+ |
||
(例2 溶解平衡)
溶質が溶液中に溶け込む速さと溶液中から析出する速さとが等しくなり、見かけ上溶解や析出が停止した状態を溶解平衡という。
2)平衡移動
平衡状態はエネルギー的に最も安定した状態なので、平衡状態にない可逆反応は自然に平衡状態になろうとする。
平衡移動の原理(ルシャトリエの原理)
可逆反応が平衡状態のとき、濃度・温度・圧力などの条件に変化を与えると、平衡状態がこわれる。そのため、この可逆反応では正反応や逆反応が起こって新しい条件での平衡状態になる。この現象を平衡移動というが、条件の変化と平衡移動の方向について、ルシャトリエ(仏の化学者、1850~1936)が、次のような平衡移動の原理を発表した。
「平衡が成り立っているときに、濃度・温度・圧力などの条件を変えるとその変化を打ち消す方向に平衡は移動し、新しい平衡に達する。」
以下、条件の変化によってどのように平衡が移動するのか具体的に考えていく。
濃度の影響
反応に関与している物質の濃度を高くすると、濃度変化を妨げる方向、すなわちその物質の濃度が小さくなる方向に平衡は移動する
(例)H2 |
+ |
I2 |
2HI |
||
・I2を加える … I2が減少する方向、すなわち右に移動する。
・HIを除く … HIが増加する方向、すなわち右に移動する。
温度の影響
平衡状態にある反応の温度を高くすると、温度変化を妨げる方向、すなわち吸熱の方向に平衡は移動する。
(例)N2(気) |
+ |
3H2(気) |
2NH3 |
+ |
92kJ |
||
・温度を高める … 平衡は吸熱の方向、すなわち左に移動する。
圧力の影響
温度一定のもとで、圧力を高くすると、圧力変化を妨げる方向、すなわち圧力が低くなる(総物質量が小さくなる)方向に平衡は移動する。
圧力の影響を受けるのは気体である。気体の圧力は物質量に比例するので、次のことが言える。
総物質量が小さくなる = 圧力が低くなる
総物質量が大きくなる = 圧力が高くなる
(例1) 2NO2(気) |
N2O4(気) |
この場合、左辺は2mol,右辺は1molだから、左に進むと総物質量は大きくなる。
圧力を高くする … 総物質量が小さくなる方向、右へ平衡は移動。
圧力を低くする … 総物質量が大きくなる方向、左へ平衡は移動。
(例2) H2(気) + I2(気) |
2HI(気) |
この場合、左辺はH2とI2合わせて2mol、右辺も2molで左右同じなので、圧力変化による平衡移動は起こらない。
(例3) C(固) + CO2(気) |
2CO(気) |
この場合、左辺はCは固体なので、圧力には関係ない。COの1molとなる。右辺は2molなので、右に進むと総物質量は大きくなる。
圧力を高くする … 総物質量が小さくなる方向、左へ平衡は移動。
圧力を低くする … 総物質量が大きくなる方向、右へ平衡は移動。
触媒の影響
触媒は反応速度は変化させるが平衡移動には関係ない。
問題20 次の反応が平衡にあるとき、( )内の条件変化により平衡はどう移動するか。
① NH3 + H2O |
NH4+ + OH– |
(NaOHを加える) |
|
② 2SO2 + O2 |
2SO3(気) |
(加圧する) |
|
③ H2 + I2 |
2HI |
(減圧する) |
|
④ 3O2 |
2O2 -285kJ |
(冷却する) |
|
⑤ CO + 2H2 |
CH3OH(気) |
(触媒を加える) |
|
⑥ C(固)+CO2 |
2CO |
(加圧する) |
|
⑦ N2 + 3H2 |
2NH3 |
(体積一定のままヘリウムを加える) |
|
⑧ N2 + 3H2 |
2NH3 |
(全圧一定のままヘリウムを加える) |
① NaOHはNa+とOH–に電離するので、OH–を加えたことになる(Na+は平衡移動には関係ない)。平衡はOH–が減る方向へ移動する。(左)
② 総物質量の小さくなる方向へ平衡は移動する。(右)
③ 右辺と左辺で物質量が同じなので、圧力変化による平衡移動は起こらない。(×)
④ 発熱の方向へ平衡は移動する。(左)
⑤ 触媒は平衡移動には関係ない。(×)
⑥ Cが固体であることに注意。総物質量が小さくなる方向へ平衡は移動する。(左)
⑦⑧ この場合、圧力の変化に注意すればよい。 ⑦各気体の圧力(分圧)には変化がないので、平衡は移動しない。(×)。⑧全圧一定のままで、ヘリウムが入ってくると、その分N2,H2,NH3の圧力(分圧)の合計が小さくなるので、この3つの圧力の合計が大きく方向へ平衡は移動する。右に行くと2mol、左に行くと4molになるので、(左)
3)平衡定数
質量作用の法則(化学平衡法則)
化学平衡が成り立っているとき、反応物の濃度と生成物の濃度の間には、一定の関係が成り立つ。この関係を質量作用の法則(化学平衡の法則)といい、このことを式で表すと次のようになる。
反応式 aA + bB + … |
cC + dD + … |
|
||
(a,b,c,dは反応式の係数) |
||||
において、K = |
[C]c[D]d… |
が成り立つ。 |
||
[A]a[B]b… |
||||
Kは温度が一定ならば、常に一定の値をとり、これを平衡定数という。
問題21 次の化学平衡の平衡定数Kを表す式を書け。
3H2 + N2 |
2NH3 |
K = |
[NH3]2 |
[H2]3[ N2] |
問題22 水素5.5molとヨウ素4.0 molを10lの容器に入れ、ある温度に保つと次式のように平衡状態に達し、この平衡混合気体中には、水素が2.0mol存在していた。
H2 |
+ |
I2 |
2HI |
||
(1)平衡混合気体中の各成分気体のモル濃度を求めよ。
(2)この温度における平衡定数Kを求めよ。
(3)この温度で、水素3.0 molとヨウ素3.0 molを5.0 lの容器に入れた。平衡後の各成分気体のモル濃度を求めよ。
(1)
|
H2 |
+ |
I2 |
2HI |
|
初め |
5.5mol |
|
4.0mol |
|
0 |
平衡後 |
2.0mol |
|
0.5mol③ |
|
7.0mol③ |
変化量 |
-3.5mol① |
|
-3.5mol② |
|
+7.0mol② |
H2の変化量(表の①)から、I2とHIの変化量を、反応式の係数の関係より計算する(表の②)。そこから、平衡後の各物質のモル数が求められる。また、体積は10 lなので、各物質の平衡後のモル濃度は、
[H2]= |
2.0 |
=0.20[mol/l], |
[I2]= |
0.5 |
=0.05[mol/l], |
[HI]= |
7.0 |
=0.70[mol/l] |
10 |
10 |
10 |
(2)
K = |
[HI]2 |
= |
0.702 |
= 49 |
[H2][I2] |
0.20×0.05 |
(3)体積は5.0 lなので、各物質の値をモル濃度でしめすと、
|
H2 |
+ |
I2 |
2HI |
|
初め |
0.60mol/ l |
|
0.60mol/ l |
|
0 |
平衡後 |
x mol/ l |
|
x mol/ l③ |
|
2(0.60- x )mol/ l③ |
変化量 |
-(0.60- x) mol/ l① |
|
-(0.60- x) mol/ l② |
|
+2(0.60- x) mol/ l② |
平衡後のH2のモル濃度をxとし、変化量(上の表①)から、反応式の係数の比よりI2とHIの変化量(上の表②)、さらに平衡後のモル濃度を求める。
次に、平衡定数より、xを求める。
K = |
{2(0.60- x)}2 |
= 49, x = 0.133 |
x2 |
各物質のモル濃度は
[H2]=[I2]=0.13[mol/ l] , [HI]= 2(0.60-0.133) = 0.93[mol/ l]
温度と平衡定数
平衡定数は、温度一定で一定の値を取るが、温度が変わると変化する。次の反応を例に、温度と平衡定数の関係をルシャトリエの原理を用いて考えてみよう。
H2 +I2 |
2HI + 9kJ |
|
K = |
[HI]2 |
|
[H2][I2] |
この反応は発熱反応で、ルシャトリエの原理より、次のことが言える。
加熱すると平衡は左に移動するので、[H2][I2]が大きくなり、Kは小さくなる。
冷却すると平衡は右に移動するので、[HI]2 が大きくなり、Kは大きくなる。
また、吸熱反応ではこの逆になるので、
一般に、温度が高いほど、発熱反応の平衡定数は小さくなり、吸熱反応の平衡定数は大きくなる。
圧平衡定数Kp
これまで扱ってきた平衡では、気体反応であれ、溶液中の反応であれ、いずれもモル濃度(mol/l)で、平衡定数の式を表してきたが、気体反応の平衡では、モル濃度の変わりに、気体の分圧で表した平衡定数Kpがよく用いられる。
気体反応 aA + bB + … |
cC + dD + … |
この気体反応における各成分気体の分圧を、PA,PB,PC,PDとすると、一定温度で、次の定数Kpが成り立つ。この定数を圧平衡定数という。
Kp = |
(PC)c×(PD)d×… |
(PA)a×(PB)b×… |
(注1)圧平衡定数Kpに対して、通常の平衡定数Kは、濃度[mol/l]で表したものなので、濃度平衡定数といって、Kcで表すことがある。
(注2)KpとKcの関係は次のようになる。
状態方程式より、PAV=nART , PA= |
nA |
RT = [A]RT |
V |
同様に、PB=[B]RT, PC=[C]RT, PD=[D]RT
Kp = |
([C]RT)c×([D]RT)d×… |
= |
[C]c×[D]d×… |
×(RT)(c+d+…)-(a+b+…) |
([A]RT)a×([B]RT)b×… |
[A]a×[B]b×… |
よって、Kp = Kc×(RT)(c+d+…)-(a+b+…)
4)電離定数とpH
水の電離平衡
水も極わずかながら、平衡状態で電離している。
H2O |
H+ + OH– |
, |
K = |
[H+][OH–] |
|
[H2O] |
また、電離した分H2Oは減るが、水は大量にあり、電離は極わずかなので、[H2O]はほぼ一定と見なせるので、[H2O]を定数に含めてKwとすると、
Kw = [H+][OH–]
これを水のイオン積といい、25℃では、1.0×10-14[(mol/l)2]で一定となる。
水素イオン濃度とpH
水のイオン積は薄い酸・塩基の水溶液でも成り立っている。酸性溶液や塩基性溶液での水素イオン濃度と水酸化物イオン濃度の関係は次のようになる。
酸性・・・ [H+] > [OH–] つまり [H+] > 10-7mol/l
中性・・・ [H+] = [OH–] つまり [H+] = 10-7mol/l
塩基性・・・[H+] –] つまり [H+] -7mol/l
ここで、水溶液の液性を[H+]で示すことを考える。[H+]は10-nのように、扱いにくい数字なので、指数の部分の絶対値で表す。これをpHといい、次のように常用対数(底が10の対数)求められる。
pH = -log[H+]
logの計算
①log10n = n, ②log(A×B) = logA + logB, ③log(A/B) = logA – logB
弱電解質のpH
弱酸である酢酸を水に溶かすと、酢酸分子の一部が電離し、次の電離平衡が成り立つ。このように電解質分子の一部が電離して、平衡状態になることを、特に電離平衡という。
CH3COOH |
CH3COO– + H+ |
Ka = |
[H+][CH3COO–] |
[CH3COOH] |
さて、Cここにmol/lの酢酸水溶液がある。この、電離度(電離している割合)をα(03COOHはCα[mol/l]だけ電離し、反応式の係数比から、CH3COO–とH+はCα[mol/l]生成する。また、電離後のCH3COOHはC-Cα=C(1-α)[mol/l]となる。
|
CH3COOH |
CH3COO– |
+ |
H+ |
|
電離前 |
C mol/l |
|
0 |
|
0 |
電離後 |
C(1-α) mol/l |
|
Cα mol/l |
|
Cα mol/l |
電離定数は
Ka = |
Cα×Cα |
C(1-α) |
また、弱電解質の電離度は、極めて小さい(例:酢酸の場合25℃で0.016)ので、1-α≒1と見なせるので、
この式は公式として暗記するのではなく、導けるようにしておく。
問題23
25℃における酢酸の電離定数はKa=1.8×10-5(mol/l )である。0.10mol/lの酢酸水溶液の電離度、水素イオン濃度およびpHを求めよ。ただし、log1.3=0.11, √1.8=1.3を用いよ。
各式に代入する。
α= 1.3×10-2 ,[H+] = 1.3×10-3[mol/l],pH = 2.89
5)塩の加水分解と液性
塩を水に溶かしたとき、塩のイオンと水が反応して、H+やOH–を生じる反応を、塩の加水分解という。
正塩(H+もOH–も残ってない塩)の液性
・強酸と強塩基からなる塩 → 中性
例えば、塩酸(強酸)と水酸化ナトリウム(強塩基)からできる塩化ナトリウム(塩)は水溶液中では次のように電離する。生じるイオンは安定に存在し、水とは反応しないため液性は中性を示す。
・弱酸と強塩基からなる塩 → 塩性
例えば、酢酸(弱酸)と水酸化ナトリウム(強塩基)からできる酢酸ナトリウム(塩)は水溶液中では次のように平衡状態で電離する。
CH3COONa → CH3COO– + Na+
また、酢酸の電離は次のように平衡状態で電離しているので、酢酸イオンCH3COO–はH+と反応して、酢酸CH3COOHに戻る。
CH3COOH |
CH3COO– + H+ |
水溶液中の酢酸イオンCH3COO–も同様にH+と結合しようとする。このときのH+は水の電離によって生じるH+である。そのため、水酸化物イオンOH–が残り塩基性を示す。
上式をひとまとめにすると次のようになる。
CH3COONa + H2O |
CH3COOH + NaOH |
・強酸と弱塩基からなる塩 → 酸性
例えば、塩酸(強酸)とアンモニア(弱塩基)からできる塩化アンモニウム(塩)の場合は、弱酸と強塩基からなる塩と同様の機構で酸性を示す。
NH4Cl + H2O |
NH4OH + HCl |
注意:弱酸と弱塩基からなる塩は判断が難しいので考える必要はない。
★ポイント:正塩の液性は塩をつくる酸塩基の強弱をもとに判断できる。すなわち、強い方の性質が現れる。
酸性塩(酸のH+が残った塩)の場合
・強酸と強塩基からできる塩 → 酸性
NaHSO4など、電離度の大きい強酸のHがH+となるので、酸性を示す。
NaHSO4 → Na+ + H+ + SO42-
・弱酸と強塩基からできる塩 → 塩基性
NaHCO3など、電離度の小さい強酸のHなので、電離しない。
NaHCO3 + H2O → H2CO3 + Na+ + OH–
・強酸と弱塩基からできる塩 → 酸性
問題24 次の各塩について、①のようにして、次の表を完成させよ。
名称 |
化学式 |
塩の種類 |
水溶液の性質 |
①塩化ナトリウム |
NaCl |
正塩 |
中性 |
②炭酸カリウム |
|
|
|
③硫酸水素カリウム |
|
|
|
④硫酸アンモニウム |
|
|
|
⑤塩化亜鉛 |
|
|
|
⑥炭酸水素カリウム |
|
|
|
⑦硫化ナトリウム |
|
|
|
名称 |
化学式 |
塩の種類 |
水溶液の性質 |
①塩化ナトリウム |
NaCl |
正塩 |
中性 |
②炭酸カリウム |
K2CO3 |
正塩 |
塩基性 |
③硫酸水素カリウム |
KHSO4 |
酸性塩 |
酸性 |
④硫酸アンモニウム |
(NH4)2SO4 |
正塩 |
酸性 |
⑤塩化亜鉛 |
ZnCl2 |
正塩 |
酸性 |
⑥炭酸水素カリウム |
KHCO3 |
酸性塩 |
塩基性 |
⑦硫化ナトリウム |
Na2S |
正塩 |
塩基性 |
6)弱酸や弱塩基の遊離
酢酸ナトリウムCH3COONaなどの弱酸の塩は水溶液中で電離して、酢酸イオンCH3COO–とナトリウムイオンNa+に電離する。生じたCH3COO–は水H2Oの電離によって生じるH+と反応し、酢酸CH3COOHになった。
そこで、酢酸ナトリウムCH3COONaなどの弱酸の塩にHClなどの強酸を作用させると、CH3COO–は強酸が出すH+と反応し、酢酸CH3COOHになる。
これを1つの式にまとめると、CH3COONa + HCl → CH3COOH + NaCl となる。つまり、塩だった弱酸は酸そのものに、酸そのものだった強酸が塩になっている。これを弱酸の遊離という。また、塩基の場合でも同様に弱塩基の遊離が起こる。
弱酸の塩 + 強酸 → 弱酸 + 強酸の塩
弱塩基の塩 + 強塩基 → 弱塩基 + 強塩基の塩
7)塩の加水分解とpH
酢酸ナトリウムCH3COONaは酢酸(弱酸)と水酸化ナトリウム(強塩基)の中和によってできる塩である。この酢酸ナトリウムは水溶液にすると水溶液中の水と反応(加水分解)し、塩基性を示す。では酢酸のナトリウム水溶液のpHを求めてみよう。
CH3COONaは完全に電離して酢酸イオンCH3COO–とナトリウムイオンNa+に電離する。ここで生じるCH3COO–は「塩の加水分解」で説明したように水と反応して次のような平衡状態になる(Na+は反応に関係ないので省略する)。
CH3COO– + H2O |
CH3COOH + OH– |
このときの平衡定数を加水分解定数といいKhで表す。ここで、H2Oは大量に存在するので、反応した分を引いても、[H2O]はほとんど変化がないので、式には加えない
Kh = |
[CH3COOH][OH–] |
[CH3COO–] |
このKhの分母・分子に[H+]をかけてみると次のようになる。
Kh = |
[CH3COOH][OH–][H+] |
[CH3COO–][H+] |
この式で、赤の部分は水のイオン積Kw、青の部分は酢酸の電離定数Kaの逆数になっている。つまり、
Kh = |
[CH3COOH][OH–] |
= |
Kw |
[CH3COO–] |
Ka |
この関係を用いると、Kw,Ka,Khから[OH–]が求められ、これから[H+]を計算すればpHが求められる。
問題25 5.0×10-2mol/lの酢酸ナトリウム水溶液のpHを求めよ。ただし酢酸の電離定数Ka=2.0×10-5(mol/l),水のイオン積Kw=1.0×10-14(mol/l)2,また、log2=0.30, log3=0.48とする。
[OH–]をx mol/lとして、平衡後の各物質のモル濃度を考える。
|
CH3COO– |
+ |
H2O |
CH3COOH |
+ |
OH– |
|
平衡前 |
5.0×10-2mol/l |
|
|
|
0 |
|
0 |
平衡後 |
(5.0×10-2– x)mol/l |
|
|
|
x mol/l |
|
x mol/l |
上のKhの式より、
Kh = |
x2 |
= |
1.0×10-14 |
= 5.0×10-10 |
5.0×10-2– x |
2.0×10-5 |
また、水の電離はわずかなので、xは極めて小さく、5.0×10-2– x ≒ 5.0×10-2なので、
x2 = 5.0×10-10 × 5.0×10-2 = 2.5×10-11, x = 5.0×5.0-6[mol/l]
[H+] = |
1.0×10-14 |
= |
1.0×10-14 |
= 2.0×10-9[mol/l] |
[OH–] |
0.50×10-6 |
pH = -log(2.0×10-9) = 8.7
8)緩衝溶液とpH
緩衝溶液
純水に少量の酸や塩基を加えると、その水溶液のpHは大きく変化するが、弱酸とその塩または弱塩基とその塩の混合水溶液に酸や塩基が少量加わってもpHの変化は小さい。この働きを緩衝作用といい、緩衝作用をもった溶液を緩衝溶液という。
例1 弱酸とその塩の混合水溶液(酢酸と酢酸ナトリウム)
酢酸は弱酸なので平衡状態で電離し、酢酸ナトリウムは完全に電離している。(塩の電離度は1)
CH3COOH |
CH3COO– + H+ |
|
CH3COONa |
→ |
CH3COO– + Na+ |
この溶液に酸(H+)が加わると、多量に存在するCH3COO–と反応してCH3COOHに変化するためH+が加わっても溶液中の[H+]は変化しない。この溶液に塩基(OH–)が加わると、溶液中のH+と反応してH2Oに変化するので、OH–が加わっても[OH–]は変化しない。
例2 弱塩基とその塩の混合水溶液(水酸化アンモニウムと塩化アンモニウム)
NH4OH |
NH4+ + OH– |
|
NH4Cl |
→ |
NH4+ + Cl– |
この溶液に塩基(OH–)が加わると、多量に存在するNH4+と反応してNH4OHに変化するためOH–が加わっても溶液中の[OH–]は変化しない。この溶液に酸(H+)が加わると、溶液中のOH–と反応してH2Oに変化するので、H+が加わっても[H+]は変化しない。
緩衝溶液のpH
問題26 0.10 mol/l酢酸水溶液10mlと0.10 mol/l水酸化ナトリウム水溶液5.0mlからなる緩衝液のpHを求めよ。ただし、酢酸の電離定数Ka=1.8×10-5mol/l log1.8=0.26とする。
酢酸と水酸化ナトリウムは中和反応する。反応後の各物質の量をまとめる。
|
CH3COOH |
+ |
NaOH |
→ |
CH3COONa |
+ |
H2O |
反応前 |
0.10 [mol/l]×0.010[l] |
|
0.10 [mol/l]×0.0050[l] |
|
0 |
|
0 |
= 0.0010[mol] |
|
= 0.00050[mol] |
|||||
反応後 |
0.00050[mol] |
|
0 |
|
0.00050[mol] |
|
0.00050[mol] |
CH3COOHとNaOHは係数より1molずつで反応するので、この場合、CH3COOHが余る。また、CH3COONaはNaOHに合わせて求める。反応後は、CH3COOHとCH3COONaの混合溶液となる。これは弱酸とその塩の混合溶液で緩衝溶液となる。
電離前の混合溶液中のCH3COOHとCH3COONaの濃度は、溶液の体積は15mlになっているので、
[CH3COOH] = |
0.00050 |
= 0.0333[mol/l], |
[CH3COONa] = |
0.00050 |
= 0.0333[mol/l] |
0.015 |
0.150 |
[H+] = x mol/lとして、電離後の各物質・イオンの濃度を求める。
CH3COOH |
CH3COO– |
+ |
H+ |
|
(0.0333- x) mol/l |
|
x mol/l |
|
x mol/l |
CH3COONa |
→ |
CH3COO– |
+ |
Na+ |
0 |
|
0.0333 mol/l |
|
0.0333 mol/l |
Kaを用いて、xを求める。
Ka = |
[CH3COO–][ H+] |
= |
(0.0333+ x)x |
≒ |
0.0333 x |
= x = 1.8×10-5[mol/l] |
[CH3COOH] |
0.0333- x |
0.0333 |
pH = -log[H+] = -log(1.8×10-5) = 4.74
9)適定曲線
中和滴定の際、加えた酸や塩基の体積と混合液のpHとの関係を示した図を滴定曲線という。下の図は0.01 mol/lの酸を0.01mol/ lの水酸化ナトリウム水溶液で滴定したときの滴定曲線である。
HCl(強酸)の場合は少しずつ中和されpHはゆるやかに上昇していく。中和点の前後では、加えた1滴の差でpHがほぼ3→11へと急激に
変化する。
一方、CH3COOH場合は弱酸なのでpHはあまり小さくならない。そのため中和点以前のグラフはHClに比べ上を通る。また、CH3COOHの場合、滴定のごく初期のpH変化はHClよりも大きい。これは、酢酸が弱酸で、少量のNaOHの滴下でpH上がってしまうからであるからである。しかし、すぐにpH変化が小さい状態になる。これは滴定によって酢酸ナトリウムが生じ、未反応の酢酸と共に緩衝溶液となっているためである。また、CH3COOHの場合、中和点では塩基性を示す。これは生じた酢酸ナトリウムが加水分解して塩基性を示すからである。このような理由で、弱酸-強塩基での滴定曲線は一般に上図のような形になる。
10)共通イオンの影響(難溶性塩の溶解度積)
これまでに扱ってきた塩は電離度1のものであったが、塩の中には水に溶けにくいものも存在する。代表的な難溶性塩として塩化銀AgClがある。難溶性の塩は弱酸や弱塩基のように極一部が電離し、平衡状態になっている。
AgCl(固) |
Ag+ + Cl– , |
|
K = |
[Ag+][Cl–] |
|
[AgCl(固)] |
ここで、Ag+とCl–は極一部なので、[AgCl(固)]は一定とみなせるので、これを定数に加えて、Ksp = [Ag+][Cl–] とする。このKspをその塩の溶解度積といい、一定温度で物質固有の値となる。この値は、溶液中にそのイオンが存在できる最大濃度の積ということになり、Kspが小さい塩ほど沈殿しやすく、次のようにして沈殿の生成の有無が判断できる。
Ag+とCl-を例に取る
[Ag+][Cl–]>Ksp … AgClの沈殿が生成する
[Ag+][Cl–]<Ksp … 沈殿の生成はない
問題27 1l中に0.10 molのCl–と0.010 molのCrO42-を含む水溶液に、Ag+を少しずつ加えていくと初めに沈殿するのはAgClかAg2CrO4か。ただし、AgClのKspは2.8×10-10(mol/l)2、Ag2CrO4のKspは2.0×10-12(mol/l)3とする。
沈殿はイオンの積とKspが等しくなったときに始まる。Ag+をどれだけ加えると、AgClとAg2CrO4が沈殿し始めるかを考える。
AgCl Ksp = [Ag+][Cl–] = x × 0.10 = 2.8×10-10, x = 2.8×10-9[mol/l]
つまり、Ag+を加えていき、濃度が2.8×10-9[mol/l]になると沈殿する。
Ag2CrO4 Ksp = [Ag+]2[CrO42-] = y2 × 0.010 = 2.0×10-12, y = 1.4×10-5[mol/l]
つまり、Ag+を加えていき、濃度が1.4×10-5[mol/l]になると沈殿する。
AgClの方が先に沈殿する。